
「한승헌 선생님を偲び、追悼しながら、その精神をこれからも受け継いでいってほしい」
산민 한승헌 선생 4周忌 추모식で追悼歌を歌った歌手 장사익は、한승헌 선생との縁を振り返り、こう語った。
20日、전북대학교 진수당で行われた 산민 한승헌 선생の追悼式で、장사익は 나의 길, 봄날은 간다, 고모령 고개 3曲を歌って故人を偲んだ。追悼式の参列者たちは장사익の追悼曲に耳を傾け、人権弁護士であり文学者でもあった故人の生涯を改めて思い起こした。
장사익は、普段から歌を好んでいた한승헌 선생と同じ町に住んでいたことから縁が生まれたと振り返った。
彼は「私は歌う人間だから、歌で最初の縁ができた」と述べ、「先生は私の歌をとても気に入ってくれて、当時は車で5分とかからない近所に住んでいたので、亡くなるまでよく会っていた」と回想した。
続けて「最初は厳格な人だと思ったが、ユーモアもあり、歌を好む姿も見せてくれた。普段から心の中で尊敬していた大先輩だった」と語った。
とりわけ、장사익が最初に歌った追悼曲「나의 길」は、故人が生前に直接장사익に渡した詩に曲を付けた歌だ。
장사익は「나의 길は한승헌 선생が抱いていた夢や希望、残された時間への切なさなどの思いを込めた詩だ」とし、「当時、先生はこの詩を私に渡し、ぜひ歌にして大きな宴のときに歌ってほしいと言ってくれた」と語った。そして「二曲目の追悼曲である봄날は 간다は、先生が生前とても好んでいた曲だ。三曲目はみんなが好むだろう曲を選んだ」と付け加えた。
장사익は、한승헌 선생が生前にも、亡くなった後にも良い影響力を広げていると述べ、その志が今後も続いてほしいと強調した。
장사익は「先生は生前、多くの立派な仕事をしたが、亡くなった後も산민상을通じて多くの人が社会に貢献し、より多くの美しい行いがなされている。전북の大先輩として追悼し、その精神を受け継いでいきたい」と述べた。
1994年に『하늘 가는 길』でデビューした장사익は、찔레꽃, 봄날은 간다, 봄비, 꽃구경などのヒット曲を多数発表し、1995年にKBS 국악대상 金賞、2006年に国会大衆文化メディア 국악賞を受賞した。2018年の平昌冬季オリンピック閉会式では国歌を披露したこともある。













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