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「他人に手のひらを見せて得ようとするのではなく、手の甲を見せて分け与えて生きることだ。自分が半分満たされればいいという気持ちで、できる限り分けるのが本当の分かち合いだと思う。」
仁川(インチョン)開港の歴史が息づく中区チャイナタウンで中華料理店『マンダボク』を営むソ・ハクボ(72)の人生は「分かち合い」という二文字に集約される。店名に込めた「多くの人に福が訪れますように」という思いの通り、毎年障害者の日には中部警察署市民警察連合会と連携し、地域の障害者や住民ら250人に心を込めて用意したジャージャー麺を振る舞い、地域への思いを示してきた。コロナ禍を除いて続けてきたその活動は、「商売の勝負ではなく、人を大切にする心が重要だ」という彼の信念から始まった。
現在『マンダボク』はチャイナタウンを代表する中華料理店の一つに成長しているが、ソ代表の人生は当初から順風満帆だったわけではない。かつて朴正熙(パク・チョンヒ)政権下の土地政策で、外国人であることを理由に父が耕していた土地を失った経験があり、中学2年の若さで飲食店のアルバイトを始め、ジャージャー麺と縁を結んだ。21歳でソウル・당산동(ダンサンドン)に初めて店を開くほど腕を認められたが、厳しい厨房仕事に迷いが生じた時期もあった。ソ代表は20代のころを振り返り、「ジャージャー麺屋で人生を無駄にしたくなくて別の仕事を探してさまよった。真面目に勉強して国家奨学生として海外の大学に進み、新しい人生を夢見たこともあった」と語る。
ソ代表が再びインチョンに戻ったのは1999年のことだ。当時、中区は韓中国交正常化後も停滞していたチャイナタウンの再生事業を進めており、彼はその無償の企画者として参加した。階段や道路の基礎設計などを担当し、当初は3年だけ滞在するつもりだったが、「ここにしっかりした中華料理店を一つつくりたい」という思いが募り定住を決めた。2007年には雨漏りしていた古い倉庫を自ら改装・デザインし、『マンダボク』の扉を開いた。

ソ代表の分かち合いの精神は店の運営当初から始まっている。30代で両親を亡くし、十分に孝行できなかったという思いを抱えていたため、2007年から約5年間、毎月地域の老人施設から高齢者30人を招いて食事と酒を振る舞った。「高齢者を見ると両親を思い出す。その気持ちを地域の高齢者に振る舞うことで代えたい」と語る。
その分かち合いは来店する子どもたちにも向けられている。『マンダボク』では満5歳以下の子どもにジャージャー麺やチャンポン飯を無料で提供しており、これは「久しぶりに外食した夫婦が子どものメニューで悩まないように」という思いから始めたという。また「一食で家族の温もりを感じてほしい」として、母の日に両親と一緒に撮った写真3枚を見せた客に酢豚をサービスするサプライズも続けている。
「振り返れば、人生の節目ごとに運に恵まれてきた幸運な人間だと思う。ただ食べ物を売るのではなく、食文化ごと人と情を分かち合う信念で『マンダボク』を築いてきた。そのなかで自分にできる分かち合いを最大限実践しながら生きているだけだ。」
/カン・ヒョンソ見習い記者 tounou@incheonilbo.com













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