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股関節手術の回復を願って、同窓の後輩である薬剤師が漢方薬を宅配で送ってくれた。先週の日曜、食事を奢ると言うので松葉杖をついて妻とともに刺身店で会った。成南病院まで見舞いに来て見舞金を送ってくれた薬剤師や文人仲間もいたが、いずれにせよ家族のためではなく手術を受けた患者のためにこうした気遣いを示すのは簡単ではない。昔の情誼が懐かしくて食事の席を設けると、見舞いに行けなかったことを申し訳なく思う人もいるが、その気持ちだけで十分ありがたい。皆、農作物で結ばれた縁だ。
3年前、後輩の薬剤師は片側の足首を失う悲しみに見舞われた。初めに見舞ったとき、車椅子を押していた段階ではかかとは残っていた。退院後の通院で炎症が悪化し義足を装着することになったと聞いた瞬間、涙があふれた。後輩が障害の重荷を背負い、苦悩と悩みの中で嗚咽する現実を受け入れられなかった。
今は後輩が私の健康を案じてくれるが、実際に堪えているのは2か月も畑仕事ができないことへの苛立ちだ。少し前に畑へ行ったとき、両手に松葉杖を一本ずつ持ったため残された手がなく何もできなかった。早く冬越しの藪を片付け、冬の間に痩せた土を堆肥と肥料で満たしてやらねばならなかった。同行した妻は気の毒に思ったのか、私の代わりにネギや玉ねぎ、にんにくを覆っていた落ち葉をどけ、腰の痛みを心配してくれた。昨日は瑞々しいニラとヨモギを摘んだ妻が倉庫から黒いビニールロールと道具箱を畝まで運び、横になった姿勢で穴の補修作業をした。
知人たちはもう体を酷使するな、働き手を雇えと言う。市場で安く買って済ませればいいのに、なぜ苦労するのかという小言もある。農業をやめても生活が立ち行かなくなるわけではないから、この機会に手を引けとも言われる。
だが、それはできない。私にとって農作業は健康法であり、隣人と分け合う遊びだ。昔の祖父や母のかすかな面影を追い、夜明けに畑へ出て昼に戻る生活が続いてきた。体が痛ければ鎮痛剤をおやつのように飲む日々も、すでに20年以上になる。
農夫がくれた作物は単なる野菜の材料ではない。自分の汗と涙、足跡、手間と誠意が染み込んだ宝物だ。分かち合いの情に浸り、幼児期に患った股関節の炎症がぶり返すことも顧みずに足を運んだ労苦と真心がそこにある。だから農夫には、健康な実だけを選んで食べる余裕も勇気もない。手術から3か月にあたる5月には骨がつながるだろうと言われている。骨が完全に癒えていなくて地面に座り込んで鍬を振ることになっても、恩を受けた隣人と分け合う食べ物をまた植えるだろう。生きている限り、大切な縁をつなぎ続けるためだ。
/キムサヨン 随筆家・元インチョン文人協会長













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