4階から訪れた最初の難関…手すりをぎゅっと握る
頂上に到着すると 「やり遂げた」より 「生きている」と実感した
「10分台」を記録する白髪の達人たち 運動は継続

【アジアタイムズ=イ・ユビン記者】 23日午前7時50分、ソウルの汝矣島63ビルに到着すると、早朝にもかかわらずロビーは人で賑わっていた。韓国初の垂直マラソン『ハンファ生命シグネチャー63RUN』に参加するために集まった参加者たちだ。一人で来た人もいれば、友人や恋人、家族連れの参加者も目立った。参加理由もさまざまで、普段からアクティビティが好きで申し込んだという人から、SNSで見て面白そうだと参加した人まで多彩だった。
今回の大会に参加するため全州から上京した60代の夫婦は、健康のために参加したという。YouTubeで階段登りが健康に良いという動画を見て、昨年から63ビル完走を目標に準備してきたという。夫妻は前日に血圧が上がり、大会に出られないかと心配したが、幸いメディカルチェックで問題ないと判定され、参加できることになり喜んでいた。

現場で出会った挑戦者たちの年齢層は予想より広かった。若者が中心になるだろうという予想に反し、あちこちで60代以上の参加者が目立った。年齢を感じさせない軽いストレッチで体をほぐしながら出発を待つ高齢者の顔には、若者に引けを取らない情熱と期待が満ちていた。世代を問わず「完走」という一つの目標に向かって集まった参加者たちの熱気で、63ビルは開始前から盛り上がっていた。
その熱気の中、出発線の前に立つと、沈んでいた記者の胸もすぐに高鳴り始めた。実を言えば63ビルに到着するまでは、ただ早く家に帰りたいという気持ちが強かった。 「けがをせず安全に完走する」こと以外に特別な目標はなかった。

しかし、現場で参加者たちに話を聞くうちに考えが変わった。彼らの輝く熱意を目の当たりにして、記者にも「20分完走」という目標が生まれた。女性の平均完走時間が20分という事実が基準になった。最近運動を休んでいても、かつて剣道で培った基礎体力があるはずだから、平均は維持したいという一種の体育人としてのプライドがあった。
出発直後までは思ったより順調だった。二段ずつ階段を踏みながら上がり、「思ったよりいけるかも」と自信が湧いた。しかしその自信は長続きしなかった。ちょうど4階で最初のきつさを感じ始めた。4階を過ぎた瞬間から息が上がった。
19階あたりから脚が震え始め、視界も少しぼやけた。二段飛ばしで上っていた階段を一段ずつ上るようになった。気を抜くと足を踏み外して転びそうだと思い、手すりを握る手に力を込めた。「20分完走」だった目標が、このときから「安全完走」に変わった。
36階あたりまで上がると、前を行く参加者が階段の一角に座り込み、荒い息をついていた。記者も限界が近かったため、インタビューを口実にそっと隣に腰を下ろした。息を整えながら「今の気分はどうですか」と尋ねると、ある参加者は「あまり良くない」と率直にこぼした。昨年は30分で完走したが、今年は太ったせいか一段ときついと愚痴った。
本当の難所は50階から始まった。階数がなかなか減らず、階が変わる速度がスローモーションのように感じられた。50階から51階に上がる時間が、体感的には1階から5階を上る時間に相当するほど長く感じられた。そうして63ビルの中の永遠に思える時間を越え、ようやく「60F」の表示を見たとき、真っ先に浮かんだ思いはただ一つ。「生きている」だった。達成感より生き延びたという安堵が先に来た。

達成感は遅れて押し寄せた。完走証に「00:20:43」という記録が刻まれるのを見ていると、63ビルを登った20分の時間が走馬灯のように駆け巡った。階段を上るたびに何度も誘惑してきたエレベーターを耐え抜いた自分を改めて誇らしく思い、出発前に掲げた「20分完走」を達成した満足感が後から押し寄せてきた。
誇らしい余韻も冷めないうち、隣で息を整えていた高齢の参加者の完走証を見て目を疑った。白髪のその人の完走証に記された数字はなんと「13分」。毎年大会に参加しているというその人は「普段から継続して運動してきた結果だ」と言い、記者にこれから運動を続けるようにと厳しく助言した。フォトゾーンでは11分台の記録で写真を撮る別の高齢者の姿も見られた。
立派な高齢者たちの記録に自分の記録が少し見劣りして見えたが、長期間運動を休んでいたことを考えれば、この程度でも十分善戦したと言える。ただ今回の大会を経て、「運動は明日から」と言い訳する癖は封印することにした。これまで毎日先延ばしにしてきた「明日」の代償を、63ビルの階段の上で痛感したのだから。













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